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ステロイドと「患者の知」 牛山美穂(早稲田大学 文学博士)

ステロイドと「患者の知」

ステロイドと「患者の知」
著者:牛山美穂
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(目次や著者情報あり)  

 

アトピー性皮膚炎患者のステロイドに対する恐怖及び皮膚科医への不信感、 民間療法や脱ステロイド医を選択する理由に関する調査研究です。

 

自身もアトピー患者である著者が、日本及びイギリスで患者に対する長時間のインタビューを行っている点が、この研究の大きな特徴。

(著者の牛山美穂は、この研究で早稲田大学の文学博士に。医療人類学という位置づけだが、患者心理に関する読み物として予備知識無しでも読みやすい)

 

薬に対する恐怖感や嫌悪感、医師に対する不信感は、関係者にとっては不都合な現実であり、研究するのが難しいテーマでしょう。

ゲーム理論ノーベル経済学賞を受賞したジョンナッシュは長年統合失調症を患っていたことが知られていますが、彼をモデルにした映画ビューティフルマインドでは、薬物治療の効果で病気が回復したように描かれています。しかし本人へのインタビューでは、ナッシュは薬を飲まずに自然治癒したと語っていました。

 

病気をテーマにしたドキュメンタリー作品でも、ステロイドバッシングのように分かりやすい敵を想定できる場合を除くと医師に気を使った内容になりがちで、 服薬拒否のような問題は、単にダメな患者として描かれてしまうことが多い気がします。

 

患者の視点から医療不信を理解して改善策を探る(その中には代替医療の尊重と言った多数派の医師には受け入れがたい内容も含む)という厄介なテーマに、 本人も当事者(患者)であることを逆に強みにして、果敢に取り組んでいます。

 

イギリスでの患者インタビューからは、アトピー商法が目立たないイギリスでも日本の患者と同様にステロイドに対する嫌悪感は存在していることを示しています。

 

 

実際に読んで見ると、著者の行動力、フットワークの軽さ、社交的で気さくな性格が伝わってくる良質なルポルタージュと言った雰囲気で、ジャーナリスティックな部分が魅力的でもあり、研究論文として見た時には弱さにもなっているかもしれません。

 

アトピー関連で最近メディアの話題になることの多い、遺伝子とか活性酸素、皮膚表面の細菌と言った話は、ほとんど出てきません)

 

私自身もアトピー性皮膚炎とは別の慢性的な皮膚病に悩まされているのですが、 病気に対する考え方、関わり方は一様ではないと言うことが、よく分かりました。

 

その一方で、気になる部分も結構ある本だったので、書いてみたいと思います。

 

気になった点

その1

かゆみに対して、あまり言及されていない。

 

アトピー性皮膚炎は、強い「かゆみ」を伴う皮膚病です。

一般的に、かゆみは、かく時(自分の爪で引っ掻く時)は 気持ち良いのですが、

その後皮膚病は悪化します。

医者側の視点からは、かゆみを薬で抑える必要があるとか、 かゆみ止めが効かないなら心身医学的(心療内科的)な治療が必要と なるのでしょうが、アトピーの患者自身は、かゆみを、どのように考えているのかと言う点も気になります。

(自分自身、かゆみの強い皮膚病なので)

 

その2

漢方に関して

 

この本では漢方が民間療法の一つのように扱われていますが 日本の現状では漢方と他の民間療法には異なる点が多いと思います。

 

(以下箇条書きにしてみます)

日本では漢方は医師、薬剤師が中心になって行っていて、アトピー治療に関するガイドラインでも民間療法とは別扱いになっています。

 

また現在では漢方医の多くは脱ステロイドには熱心ではなく、ステロイド漢方薬を併用するケースが多いようです。

 

漢方薬は種類が多いので、アトピーが悪化した場合でもステロイドが悪いと考えるよりも別の漢方薬を試そうという発想になることが多いと思います。

 

(漢方治療を受けたり、詳しい話を聞く機会がなければ気付きにくい事柄で、 著者を責めるのは酷な気もしますが)

 

その3 補完医療の存在(漢方、心療内科など)

 

この本では、患者の選択する治療法に関して、標準治療(一般的な皮膚科医による治療)、民間療法、脱ステロイド医に分けて考察しています。

 

しかし、その1、その2に書いたような事情から、皮膚科医公認の補完医療として漢方と心身医学(心療内科)が存在していると考えたほうが日本の現状に近いのではないかと思います。

 

ステロイドだけでは治りにくい患者も含めて「専門家の手のひらで転がす」ことに、ある程度成功しているような気もしますが、実際に調査してみると新しい発見があるのではないかと思います。

 

その4 医療の変革と個人の生き方

 

この本では、患者の知が医療を改善していく可能性にも言及しています。

それは、その通りで大切なことですが、患者の知が患者本人にとって納得した生き方をもたらすという点も、個人的には大切だと思います。

ジョンナッシュやアトピー患者の服薬拒否(専門用語でノンコンプライアンスと言うようですが)は、薬に関する一般論としては不都合な真実かもしれませんが、薬を拒否したり治療を変えたりして病気が良くなったり悪くなったりを経験しながら、その人らしい生き方にたどりついたと考えるなら、学ぶべき点の多い経験ではないかと思います。

著者は、生活知などは医療を変える力に乏しいと述べていますが、医療そのものは変えなくても、病との関わり方を変える可能性のある知識ではないかと思います。  

 

終わりに

 

色々と批判的なことを書いてしまいましたが、早稲田らしいというか早稲田大学のイメージ通り自分の個性を大事にして長所を伸ばしていく姿勢、自分の病気でさえ武器にする積極的な態度でアトピーに悩む人たちの心理にせまった、魅力的な1冊だと思います。